エボラ出血熱は反日によって作られた捏造された病気である

こんにちは。今日も暑い日が続いておりますが、こんなニュースが飛び込んできました。

なんでも埼玉県でコンゴから帰国した女性がエボラ熱に感染したとのこと。

そうですか・・・判明するのが遅すぎやしないですかね・・。やはりエボラワクチンを打ったからエボラ熱に感染した可能性がありますね。

エボラ出血熱についてもrapt理論で解明されているから、冷静に対応できますね。これこそが真実ではないでしょうか?首相官邸が破れかぶれになってデマを拡散しているのが良くわかります。

追記:エボラはRaptブログででっち上げの病気と解明されました。

エボラワクチンは殺人兵器。投与した人のみがエボラに感染する仕組みです。

RAPT×読者対談〈第130弾〉エボラ熱を広めた犯人は麻生太郎である。(現代日本を支配する藤原家=麻生家の闇)

エボラがあるのであれば、徹底的に駆除する政策でもなんでもすれば良いのに、自主的という言葉に甘えて、ワクチンを投与する様に誘導するなんて変ですね。

※尤も、強制的に接種すれば人権侵害=すなわちワクチンが有害だとわかっているからこんなフニャフニャでゴニョゴニョな工作をするのでしょう。

解説:フニャフニャでゴニョゴニョな工作。

1:マスゴミを使い、非科学的なデマと喧伝する

2:論理的に実証すると、NSC工作員を使い徹底的に潰しにかかる

3:彼らのいう科学的根拠はデタラメである

4:反ワクチンと揶揄し、脅してくることしかできない

5:子宮頸がんワクチンの3回接種説で著名人が1回しか摂取していないことに言及すると、彼らは忙しいからとか言って逃げる。

これらをフニャフニャでゴニョゴニョな工作と言います。

しかもワクチンを批判する人たちを反ワクチンと馬鹿にしていた上念司は仲間の倉山満と三橋貴明と反日の象徴チョッパリピースをしていましたね。

倉山満、三橋貴明、上念司
ネトウヨは反日の象徴チョッパリピースをしていた
安倍晋三らも反日の象徴
チョッパリピース
津田大介も愛知県知事大村秀章と
仲良くチョッパリピース

だからネトウヨのワクチン教信者は反日。すなわち李家の利権を何としても継続したい生長の家信者なのでしょう。

今回エボラ出血熱にかかった女性は埼玉県在住とのこと。埼玉県といえば、陸上自衛隊大宮駐屯地が毒ガスを製造していました。

さらに、近くの東京都清瀬市には日本BCG研究所、結核研究所、福生に近い武蔵村山市には感染症研究所があります。

国立感染症研究所の前身は人間をマルタと称して凄惨な実験を行い続けた731部隊が由来です。国立感染症研究所があるのは新宿区戸山。

施設の建設時に大量の人骨が発見されました。

参考リンクより引用:731部隊の生体実験と新宿・国立陸軍病院跡の人骨との関係

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1989年7月、この周辺の国立予防衛生研究所(現国立感染症研究所)の建設現場から、大量の人骨が発掘された。新宿区は、形質人類学の権威である佐倉朔・札幌学院大学教授(元国立科学博物館)に鑑定を依頼した。

 この鑑定報告書によると、大部分は頭骨とその破片で、62体分、全個体数としては100体以上と推測した。大部分はモンゴロイド(アジア系の人種)だが、「特定の人種に同定することは不可能」で、「かなり異質な集団に由来する個体が混在」するという。しかも、「10数個の頭骨に、ドリルによる穿孔、鋸断、破折などの人為的な加工の痕跡」があった。「そのうちには、脳外科手術の開頭術に類似するもの6例、中耳炎の根治手術に類似するもの2例等があり、これらは頸部で切断された死体の頭部に対して実施されたもの」と書かれている。
 頭骨に切創、刺創、銃創の疑いのあるものを認め、四肢骨にはいろいろな部位をノコギリで切ったものが多い、としている。さらに、脳、眼、頸部などの軟部が残されたものもあった、という。

 この報告書から推定すれば対象は、本来多いはずの日本人ではなく、モンゴロイド、つまり中国、朝鮮などの人々、ということになる。正当な手術痕であれば、銃創などはあるまい。戦場の死者の遺骨なら、ノコギリの切断痕があちこちにあるというのも解せない。
 そんな疑惑が、この地にあった防疫研究室での生体解剖や、旧満州の731部隊から届けられた「資料」ではないか、という印象を与えた。

 その疑惑を明らかにしようという市民団体が動いた。厚生省、新宿区が、遺骨の引き取り手も特定できない以上、焼却・埋葬する意向を見せたことから、焼却差し止め訴訟が起こされた。ただ、国会での追及に、山下徳夫厚相が1992年に厚生省が調査に取り組むと発言、各方面の聞き取りやアンケートによる調査が始まった。
 2001年6月、厚労省は人骨由来の調査結果を発表した。

 旧医学校関係者239人を対象に調べて、144人が回答。うち21人はなにも知らなかったといい、23人が回答を寄せた。おそらく核心を知る幹部だった者は答えないだろうし、回答を寄せた者も推定伝聞にとどまった。

(1)医学校、防疫研究室などには多数の標本が保管されていた 
(2)戦場遺棄の中国兵戦死体の中から頭部戦傷例を標本として持ち帰った 
(3)教官から「研究に戦死体が必要で、軍医学校に送れ」といわれた 
(4)関東軍が馬賊討伐をし、処刑による斬首のものが送られた

 などだが、中には「昭和15年、ハルビンからドラム缶に入ったホルマリン漬けの生首が届けられた」「外国人の薬品漬けの首、かなり重いものを、かなりの数を30人くらいで暗い所内からどこかに車で運んだ」という2例もあった。

 いずれにせよ、追跡しきれなかったのだ。遺骨の身元などの追跡は、たしかに難しいことだが、一方で中国、韓国など国際的な課題に発展させまい、という意図も感じられる。
 それでも、厚労省は2002年3月、国立感染症研究所そばに御影石づくりの納骨施設を設けて、そこに遺骨を納めている。せめてもの供養だろう。


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ネトウヨが南京大虐殺は捏造だったと言いたがるのも731部隊の虐殺が公になることを恐れているからなのかもしれませんね。

しかも731部隊ですが、この人も在籍していたようです。

安倍晋三の祖父、岸信介。

参考リンクより引用:岸信介と731部隊と朝鮮戦争

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◯731部隊とは
 岸信介が満州国国務院実業部総務司長に就任した1936年(昭和11年)に軍馬や家畜に対する細菌兵器の開発を担当した。1941年には、「満州第100部隊」と改称された。
 満州での人体実験や細菌兵器の開発は当時の総務司長であった岸信介の許可なしには行われなかったのであり、七三一部隊を率いていた石井四郎の背後で岸信介が実権を握っていた。
 731部隊は三千人以上におよぶ「丸太」(=捕らえられた多くの中国人・朝鮮人・ロシア人ら) を生きたままペスト・コレラ・チフスなどの生体実験材料として殺し、非人道的な細菌戦の研究開発およびその実行をした。
元隊員証言では石井部隊長は徹底したエリート意識の持ち主だった唯我独尊の選民意識と、当時の日本人が持っていた『アジア諸民族の中では日本人が一番えらいんだ、優秀なんだ』という排外的な民族意識が結びついた731部隊の残虐行為の根っ子には度はずれた選民意識があるとしている。
 ペスト・コレラ・チフスの実験の他には飢餓や凍傷、レントゲン照射による肝臓への影響などの研究を行った。


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つまり、李家の末裔岸信介はこういう血も涙もない残虐な行為を行なっていました。彼らは元々悪人でした。

人の命を屁とも思わない連中だったのです。

更に川崎市多摩区登戸というところに旧陸軍登戸研究所なる施設がありました。どなたかが仰っていましたが、登戸はとても暗い雰囲気を持つ場所とのことです。だから、登戸研究所が近隣にあったことが影響しているかもしれませんね。

参考リンクより引用:旧陸軍登戸研究所見学会に参加して 細菌兵器をはじめ数々の特殊兵器・工作手段などを研究

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人体実験の隠れ蓑としての動物慰霊碑

動物慰霊の碑
 最初に渡辺先生は、動物慰霊碑を案内してくれた。正門裏手の高さ3㍍ほど。碑の裏には、「陸軍登戸研究所」、「昭和十八年三月」の文字。碑文の書は、所長の「篠田鐐」中将の刻印。篠田中将が、陸軍大臣東条英機から「陸軍技術有功賞」を受賞し、その賞金(現在の金額で1千万円ぐらい)で、この碑と神社を建立した。なぜか。そこにポイントがあった。この研究所では、動物などを実験した形跡はないのである。謎は深まる。
 帝銀事件での毒殺に、この研究所で開発した薬品が使用された疑いがあると言われている。その毒薬は、数分後に効果が出ると言うもので、警察は事件の犯人に登戸研究所の関係者を疑ったが、GHQが捜査中止を命令し、その後平沢貞通氏が逮捕された経緯がある。

 登戸研究所と人体実験の関係はどうなっていたのか?

『2科では,生物化学兵器を研究・開発していた。その過程で動物実験をおこなっているが、完成すると中国で人体実験した。たとえば、登戸研究所から7名が参加して、1941年5月22日から南京1644部隊で人体実験をした。青酸カリ、青酸ニトリール、雨傘蛇毒、ハブの毒などを用い約30名に実験した。1943年12月から翌年1月にかけても青酸ガスなどで人体実験をおこなっている。登戸研究所からは4名。いずれも防疫給水本部(731部隊=石井部隊)の協力のもとでおこなわれた。』

(旧陸軍登戸研究所見学のしおりより)。篠田所長らは、人体実験犠牲者の慰霊碑は建てられないので、「動物慰霊」を建てたと考えられている。


 ヒマラヤ杉の巨木の所へ移動した。ここは登戸研究所の本部館跡である。本館は取り壊されたが、当時植えたヒマラヤ杉は巨木に成長した。また車寄せまであった。こ

の場所で、登戸研究所の幹部軍人と三笠宮(昭和天皇の弟)が一緒に写った写真を見せてもらった。私は、やっぱり天皇が関係したのかと思い、侵略の張本人の姿をここでも確認できた。

参考リンク:陸軍登戸研究所関係年表 (この明治大学のリンクにも昭和天皇が関わっていたと記載があります)

昭和天皇が行幸したくなる位
大事にしていたのが陸軍科学研究所(731部隊)

恐るべき「く号兵器」「ふ号兵器」
 陸軍の標識の消火栓前に行った。ここには「く号兵器」の建物があった。

く号とは、くわいりき(怪力、強力兵器の略)で、現在は電子レンジで使用されているマイクロ波で殺人する兵器で、30㍍先のうさぎやねずみは殺す実験には成功したが、それ以上の電力が確保できずに実用化できなかった。


 ここには、「ふ号兵器」の建物もあった。米攻撃の風船爆弾製造である。『「最終決戦兵器」=風船爆弾とは、和紙をコンニャク糊で貼り合わせ、直径10㍍ほどの気球を作り、水素ガスでふくらませ、この気球に爆弾をつけてアメリカ大陸に向けて飛ばした。空軍力で劣る日本が考え出した「最終決戦兵器」である。・・・爆弾としては15kgしか搭載できないので細菌の搭載も研究された。

731部隊の石井四郎の部下、内藤良一(戦後「ミドリ十字」を設立)が登戸研究所に派遣され、人間に被害を与える細菌研究の生産をはじめ、
 登戸研究所第2科ではアメリカの牛を殺すため牛疫ウイルスの研究・製造をしていた。しかし、実際には報復を恐れて使用せず、焼夷弾を搭載して風船爆弾を発射した。1944年11月3日~1945年4月29日までの9300発の風船爆弾が発射され、268発がアメリカに到着し、死者もオレゴン州などで6名も出た。』(旧陸軍登戸研究所見学のしおりより)

偽札や生物兵器、枯れ葉剤など数々の特殊兵器・特殊工作の研究
 26号棟(木造)と5号棟(木造)のうち、5号棟の内部を見学した。この2棟は第3科の建物。当時高さ3㍍の木製の塀で囲み、研究所内部でも秘密にされていた。ここでは、中国の紙幣を偽造していた。香港にあった国民政府の製造所から印刷用原版を奪い、登戸研究所で印刷・製造した。5号棟が偽造紙幣の製版・製造、26号棟は第3科の倉庫。

中国に傀儡政権(王兆銘政権、いわゆる偽南京政府)を作ったさい、その政権基盤が安定しなかったので、その政府の紙幣も福井県武生で印刷・製造した。

さらに、登戸研究所では、インドのチャンドラ・ボースを支持するためインドルピーも偽造した。

 『偽札づくりの目的』とは、偽造した中国紙幣で戦争に必要な物資を現地調達したり、親日分子養成の買収工作に用いられたと考えられている。また、偽札を大量に持ち込むことで、中国国民政府紙幣の価値を下落させ、経済を混乱させようともした。大陸打通作戦の際には日本軍兵士の給与にも偽札が使われたという。(旧陸軍登戸研究所見学のしおりより)

 36号棟(コンクリートの建物)の見学。外から。第2科の建物。生物化学兵器を開発していた。アメリカの穀物に対する枯れ葉剤の研究、中国の穀物に対する生物兵器の研究、1941年中国の常徳・桃源へ稲などを枯らすために大量に散布。風船爆弾に搭載する牛疫ウイルスの研究。スパイ謀略用カメラ、秘密インキなどの開発。

この建物は,「明治大学登戸研究所資料展示館」として、2010年3月に一般公開されるとのことで、是非見学したいと思った。

 川崎、横浜、東京は徹底的に空襲を受けた。登戸も空襲されたが直撃は受けず、1945年に本部、第1科、第2科は長野県(駒ヶ根市付近)、第3科は福井県越前市に、第4科の一部は兵庫県(山南町)に、それぞれ疎開した。私は、兵庫県山南町について、渡辺先生に質問したところ、「公民館に資料が残されています」とのことだった。
 登戸研究所見学会に参加して、細菌兵器開発の実態も凄かった。さらに、偽札製造により侵略戦争を貫徹するその実態にも、さらに驚くべきもので、侵略戦争の色んな側面を知り、恐ろしさを実感した。
———————– 引用ここまで ———————–

人体実験、偽札製造に昭和天皇が関わっていたとありますね。
まあ、天皇は性根がヤクザですからこんなことをやっても何の不思議もありませんが。

昭和天皇の母親は貞明皇后でしたね。貞明皇后はハンセン病とも関わりがありました。

昭和天皇の母、貞明皇后がハンセン病救済に乗り出し、昭和天皇と親しかった笹川良一と息子の笹川陽平(日本財団)がハンセン病を撲滅した。とされている。

昭和天皇は陸軍登戸研究所に偽札の製造と人体実験を指示した。

昭和天皇は母親である貞明皇后が無籟政策で隔離したハンセン病患者の菌を採取し、731部隊で人体実験を行い続けた。

無籟政策は渋沢栄一も行なっていた。渋沢栄一は北海道開拓にも関わっていた政商。政商仲間に野村財閥=野村証券。野村財閥は北海道のイトムカ鉱山で日本人や朝鮮人、中国人をこき使った。

どこまでも繋がってきます。奴らは元々人間の命を屁とも思わない連中だったのですね。

でもエボラ出血が反日によって捏造された病気の証拠がどこにあるのかと・・・。

確かに。

振り返ってみましょう。ワクチン→731部隊→石井四郎→日野原重明→笹川良一。

ワクチン→731部隊→岸信介→安倍晋太郎→安倍晋三。

私はネトウヨが反日と言いました。ということは、、、

笹川良一も岸信介もネトウヨ=バリバリの右翼でしたね。

*笹川良一は文堯という朝鮮人と言われていますし、弟の畑中治は金正日の父と言われています。

更に岸信介、安倍晋太郎、安倍晋三は李氏朝鮮の末裔でした。

参考リンク:【安倍晋三は李家】日本を支配する在日の正体「李家」。憲法改正は李家復権のため!!

岸信介は児玉誉士夫という貧困層出身のヤクザや李家の福田赳夫と繋がりがあり、

安倍晋太郎は大韓帝国の皇太子李垠、トヨタ自動車の奥田碩ともそっくり。

安倍晋三は大韓帝国の皇太子李垠ともそっくりだった・・・。

血も涙もなく殺すのは月派の所業なのでしょう。

そういえば、統一教会の文鮮明もレイプを繰り返しましたね。

本当に酷い連中です。

つまり彼らは李氏朝鮮、朝鮮人であり、反日主義者。エボラ出血熱は反日が作り出した詐病です。

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