無題(11月秋)

おはようございます。ここ数日快晴の日が続いていますね。空を見上げると、真っ青な快晴です。ケムトレイル一つないですね。

近くの土手に散歩に出かけると、センダングサやセイタカアワダチソウの様な雑草に近い花に蜂や蝶々が沢山いて、癒されますね。時にはオオスズメバチの様な大きくて怖いのが来ますが、何回見ても飽きません。不思議です。橋を渡っている途中に川を見ると、鳥が魚を待ち受けていますが、魚は実はそこにはおらず、下流の穏やかなところに沢山いました。なぜ鳥がそちらに行かないのかとも思いましたが、おそらく水を歩く音などで魚にバレてしまうからでしょうね。(流れの速いところで魚を待ち受けるのは鳥の戦略なのかもしれません)

写真は都下から都心を流れる多摩川の写真ですが、ものすごく清いわけではないですけど、沢山の生き物がいて目を楽しませてくれます。

右上:流れの速いところで待ち受ける水鳥 左下:流れの緩やかなところで餌を探す魚

見えるものが見えるようになるというのは実に楽しいことです。40も過ぎると、今まで生きてきた中での考えが凝り固まってしまい、なかなか考えを変えるのが難しいですし、そう実感しております。

ただ悪を行わないというのは意外にスムーズにできますが、それでも完全に悪を行わないというのは難しい。偽善的になり、自分で自分を批判したり・・。

偽善的というのはどういうことなんでしょうかね?とかく私たちは偽善を批判したがるが、その実自分は偽善的であったというオチです。

子供のころに『悪いことをしちゃいけないよ』と言われて育ちましたが、長年生きていく間に悪に染まりきってしまった。にもかかわらず、なかなか悪が抜けません。見せかけの善すらもうまくできないというのに。

躾の届かない犬の様に生きてきたので、仕事も適当、何事も極めることができなかった。それで出会ったのがRapt理論でした。にもかかわらず、罪に罪を重ねている。RAPTブログがなければどうなっていたことだろうか・・。

Rapt | 新・貴方に天国から降り注がれる音楽を

RAPTブログでは、世の中の型にはまった生き方から抜け出し、一人ひとりが最高に輝いて生きられる方法を教えてくださっています。

ここでははっきり言えませんが、個人的にトラブルを抱えています。こちらの言論について一方的に言いがかりをつけてきたのですが。彼らは民主主義の冒涜だといってただの弱いものいじめ=言論弾圧が大好きな連中です。彼らに屈するつもりは毛頭ありません。それに私のようなものからむしり取ってどうするのでしょうかね。(恐らく、彼らは勝ち誇るのでしょう。)

でもそれでもやらねばなりません。心から。花ってこんなにきれいなんだな。

鮮やかなオレンジが非常に印象的でした。(立川の昭和記念公園にて)